• 2004年7月の研究懇話会

  • 【開 催 日】
    2004年7月9日(金) 15:00~18:00
  • 【開催場所】
    東京工業大学百年記念館、第4会議室
  • 【講  師】
    中山  秀夫 氏 (JPCA前会長)
  • 【題  目】
    「ボケを科学する」
  • [内容]
    • 生理的なボケ
      普通「ボケ」には、「忘れっぽい」とか、「物を置き忘れる」とか、日常の軽いボケから「人の名前がなかなか出てこない」、その人の顔やどんな人とかということは、ありありと思い出せるのに、いわゆる生理的な「度忘れ」といわれる現象がよくある。

      広辞苑には、「ぼける(呆ける、惚ける)」とは、頭の働きや感覚などがにぶくなる、ぼんやりする、もうろくする、「年のせいでぼける」とある。年をとればどうしても脳の働きは衰える。こうした脳の自然の衰えを健忘症という。よく言われる「物忘れ」は健忘症のことで、ごく自然の加齢に伴う老化現象である。

      生理的なボケの特徴は、「物覚えが悪くなった」という記憶力の減退よりも、むしろ記憶しているものを想いだすことが、”一時的に”出来なくなったことを意味する。この”ボケ症状”は40才を過ぎる頃からほとんどの人に現れるので、これは脳が自然に少しずつ老化したために起こるボケと一般に考えられている。一方、ボケが病的になると臨床的には”痴呆症”と呼ばれる。現在国民のほぼ6人に1人が65才の高齢者(’03年度高齢者率は19.0%)で、その中の在宅老人の約5%が痴呆だといわれている。これが2020年には4人に1人が高齢者となり、急速な高齢化に伴って介護が必要となる人や痴呆の人が倍増するものと予想されている(20年後のボケ人口3000万人!)
    • 病的なボケ
      「同じことを何回も言ったり聞いたりする」、「置忘れやしまい忘れが目立つ」「モノの名前が出てこなくなった」、これらは比較的短期の記憶が失われたことを示す。最近の記憶が失われてしまうのは、病的なボケで「痴呆」の典型的な症状である。

      こうした記憶障害だけでなく、思考力や判断力にも障害が現れてくる。病的なボケでも、「物事を計画する」、「順序だてて考える」、「抽象的な思考をする」などが苦手になる。飽きっぽくなる。投げやりな態度が見られる。しかも自分ではその原因が分からないというところが大きな問題である。

      物忘れがひどくなると、「あの人」とか、「あれ」「それ」などの言葉が頻繁に出るようになる。ボケがひどくなれば過去と現在の区別が付き難くなってくる。痴呆症になると「見当識」にも障害が現れる。
      1. 脳血管性痴呆
        痴呆の原因となる病気は様々であるが、脳の動脈硬化によって起こる{脳血管性痴呆」と脳全体が侵されていく「アルツハイマー病」の2つが主に知られている。

        この2つの病気が痴呆の90%を占めているが、アルツハイマー病の比率が高い。脳血管性痴呆は、脳梗塞(脳の血管が詰まる)が原因で、痺れなどの神経症状を繰り返しながら痴呆症状が段階的に進む病気である。
      2. アルツハイマー製痴呆
        アルツハイマー病(AD)は、原因がまだはっきりしていないが、脳全体が侵されていくもので、ボケの症状も徐々に進行するとされている。

        アルツハイマー(Alzheimer 1906)病の初期のボケ症状と一般的な老化に伴う生理的なボケとは区別が付き難いとされているが、臨床的には記憶障害と認知機能障害が基本的な症状とされている(物忘れの自覚がなくなり、日付や時間を忘れたり、見当識の喪失が起こる、食欲異常、性欲異常を伴う)。

        病理学的な特徴としては、
        1. ① 老人斑(大脳資質のシミ;β-アミロイドの沈着)が現れる
        2. ② 神経原線維変化の発生
        3. ③ 神経細胞の大量脱落が挙げられる
        これらの発現に関与する遺伝子、生活習慣の危険因子などが文献を紹介する。

        遺伝的病因では、アポE(アポリタンパクE)と呼ばれるタンパク質のε4がよく知られている。アポEは、神経系でも作られ、脳の中に多く含まれることが分かっている。脳細胞を維持する役割をもつ一方で、血液中のコレステロールを増やし、動脈硬化を引き起こしやすいタンパク質である。このアポEには、ε2、ε3およびε4の三つの遺伝子タイプが存在するが、ε4の遺伝子をもつ人はADに掛かりやすいといわれている。ε4が作用するADの発症は、60才前半に目立っている。もっとも80%以上の人は、ε3遺伝子をもっており、ε4をもつ人は11.2%と予想されている。
        (植木彰「アルツハイマー病がわかる本」 2004年 法研発行)

        比較的発症例も多く、予防も可能であるといわれる生活習慣とアルツハイマー病との関係について、例えば、食後20~30分の昼寝が危険率を下げる。男性が台所に入るのはボケ防止になる。「笑い」はストレスが引き起こす脳細胞の死滅を防ぎボケの予防効果など、ボケ防止のあれこれについて紹介している。
        (田平武、朝田隆;国立精神神経センター、1999年)